こんにちは、シロロです。
6月の第2日曜日は「花の日」です。
キリスト教の行事として始まったこの日は、自然の美しいこの季節に、その恵みに感謝するとともに、地域社会の方々にお花を送ろうという日です。
でも今日は宗教の話をしたいわけではありません。
この日を毎年迎えるたびに、私が感じることをお伝えしたいと思います。
★この記事を書いた人

現役の幼稚園教諭
保育歴17年。保育士資格を持ち、子育ても経験してきました。
「遊びは学びのはじまり」を大切に、園でも家庭でも役立つヒントをやさしくお届けしています。
小さな手に、大切に抱えたお花
毎年この時期になると、子どもたちが家庭から少しずつお花を持ち寄ってきます。
お母さんが庭で摘んできてくれた。 お父さんと一緒に花屋で選んできたカーネーション。 おばあちゃんの家の庭に咲いていたという花。
みんなそれぞれ、大切に持ってきてくれます。
そのお花を一束にまとめて、年長さんが園を代表して近隣の施設へ届けに行きます。
警察署、消防署、そして刑務所。
白バイに乗せてもらえる!消防車にも!

警察署では白バイに乗せてもらえます。
消防署では消防車に乗せてもらえます。
刑務所ではお土産をいただきます。
子どもたちにとって、これがもう大興奮です。笑
お花を届けるという大事な役目を果たしながら、ちゃっかり特別な体験もさせてもらえる。
子どもの笑顔がはじけるこの日が、私は毎年大好きです。
受け取る大人たちの笑顔
お花を届けに行くと、警察の方も消防の方も、あたたかい笑顔で迎えてくれます。
毎日緊張感のある仕事をしている方々が、小さな子どもから花束を受け取る瞬間。
その表情がなんとも言えないんです。
「ありがとう」と言ってもらえると、子どもたちはちょっと照れながら、でも誇らしそうな顔をします。
誰かのために何かをして、喜んでもらえる。
幼児期にこういう経験を積み重ねることが、人を思いやる心を育てると私は思っています。
小さな手に抱えた花束の、あの姿
子どもがお花を大事そうに、嬉しそうに抱えて歩いている姿。
毎年この光景を見るたびに、胸がじんわりと温かくなります。
転ばないように、花が傷まないように、歩く姿。
あの姿の可愛らしさ、微笑ましさは、言葉ではうまく伝えられません。
ぜひ一度、見てほしいなと思います。
花と人の暮らしは深くつながっている

この季節になるといつも考えることがあります。
花と人の暮らしは、本当に大きな関わりがあるな、と。
世界中の人々が、喜びにつけ、悲しみにつけ、花に心を託しています。
赤ちゃんが生まれたとき、お祝いに花が届く。 誕生日に、好きな花をもらう。 結婚式で花束を持つ。
病気で入院したとき、お見舞いに花を持ってくる。 卒業式で、先生に花を渡す。 そして一生を終えるときも、人を偲ぶときも、花に見守られる。
人は一生のあいだに、どれほど花のお世話になるのだろう。
そう考えると、花って不思議な存在ですよね。
言葉がなくても、気持ちを伝えられる。
花は、人と人をつなぐものなのかもしれません。
宗教を超えて、大切に続けていきたい行事
花の日はキリスト教の行事として始まりましたが、宗教に関係なく、この行事の本質は誰の心にも届くものだと思っています。
自然の恵みに感謝すること。
誰かのために花を届けること。
地域の人とつながること。
子どもたちがこの行事を通じて感じることは、きっと大人になってからも、その子の中に残っていきます。
「あのとき、消防署にお花を届けたな」
「白バイに乗せてもらったな」
「受け取ってくれたおじさんが笑ってくれたな」
そんな記憶が、地域への愛着や人への思いやりの土台になっていく。
毎年この日を迎えるたびに、そう感じます。
宗教を超えて、この行事を大切に続けていきたいと思っています。
まとめ
- 花の日は6月第2日曜日。自然の恵みに感謝し地域の方々に花を届ける日
- 子どもたちが家からお花を持ち寄り、年長さんが園を代表して届けに行く
- 白バイ・消防車に乗せてもらえる子どもたちの笑顔が眩しい
- 受け取る大人たちの笑顔も、この日の大切な一場面
- 人は一生、喜びにも悲しみにも花とともに生きている
- 宗教を超えて、この行事を大切に続けていきたい

花は言葉なしに、人の気持ちを届けてくれる。 子どもたちとともに、この季節の恵みに感謝したいと思います😊


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